ロック・サウンド=歪みサウンドと言っていいと思います。
ギターの歪んだサウンドなしに、ロックは成り立たない音楽なのです。
(僕も含めて)ロックにイカれてしまった人たちというのは、ロックの持つ様々な要素に惹かれているのだとは思いますが、間違いなく歪んだサウンドに心を奪われてしまった人たちでもあります。
でもロックに限らず、楽器の“歪んだ音”というのは人を惹き付けるものです。
クラシックでもそうで、例えばバイオリンを強く弾いたときの音って、歪みが乗っていますよね。歪みが倍音を強調し、迫力があって、かつふくよかに聴こえるのです。
トランペットなどの管楽器もそうです。力強く吹いたときの破裂するような音、あれも歪んでいるから人の心を捉えるのです。
ジャズ・ギターだって、強制的に歪ませようとはしていないですが、自然な歪み成分があってこそ心地好いのだと思います。チャーリー・クリスチャン然り、ジャンゴ・ラインハルト然りです。
ですが、自然にではなく強制的に、そして強烈に歪ませたのがロック・ギターです。
その起源をたどると、'51年のジャッキー・ブレンストンの「ロケット88」という曲に行き着きます。アイク・ターナーが書き、後にエルヴィス・プレスリーで有名になるメンフィスのサン・スタジオで初めて録音された曲でした。
この中で、史上初めて意図的に歪ませたギター・サウンドを聴くことができます。
“意図的に”と書きましたが、実はもとをただすと偶然の産物でした。
伝説は、(1)車の屋根に載せたアンプがハイウェイ61を走って来る間に壊れた、(2)車の屋根から落ちて壊れた、(3)雨のせいで壊れた、と3種類あるようなのですが、とにかくアンプが壊れた(スピーカーのコーン紙が破れるなどのダメージを受けた)ことは確かなようです。
その壊れたアンプから出て来た歪んだサウンドをプロデューサーのサム・フィリップス(サン・レコードの創始者で、後にエルヴィスを世に送り出す人物)が気に入り、“意図的に”レコーディングに使ったのです。
大事なのは、「ロケット88」が“初めてのロックンロール・レコード”と認知されていること。
つまり、歪んだサウンド=ロック・サウンドであり、歪んだサウンドなしにはロックは成り立たないということが歴史的にも証明されているわけです。
歪みサウンドの歴史において次に重要なのが、リンク・レイの'58年のインストゥルメンタル・ナンバー、「ランブル」です。
彼はこの曲のレコーディングに際して、歪みサウンドを得るためにアンプのスピーカーに穴を開けたと言います。
このサウンドは多くのギタリストたちに影響を与えました。ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ピート・タンゼントなど数え切れないほどです。
映画『ゲット・ラウド』では、ジミー・ペイジが自宅でこの曲をかけながら子どもに戻ったような表情でギターを弾く真似(エア・ギター?)をするシーンが印象的でした。そして、「全てはこの曲から始まったんだ」と語ります。
'61年にはナッシュビルのレコーディング・スタジオで、マーティ・ロビンスの「ドント・ウォーリー」という曲を録音中にミキサー卓が壊れ、偶然歪んだベース・サウンドが録れてしまいました。そして、その音がいいじゃん! ということでそのままレコードになったのです。
どうも歪みの歴史には“偶然”が欠かせないようですね。
その後、もちろんミキサー卓は直さざるを得なかったわけですが、その音を再現しようとしてスタジオのエンジニアが開発したのがファズでした。
こうして生まれたファズは、翌年にはギブソン傘下のマエストロから“ファズ・トーン FZ-1”という名で初めて商品化されました。
'65年のザ・ローリング・ストーンズの「サティスファクション」のリフで聴けるサウンドがこれです。当初は思ったほど売れなかったファズでしたが、この曲の大ヒットにより一気に市民権を得て行くことになります。
と、このあたりまでが、ロック・ギターにおける歪みサウンド事始めという感じでしょうか。
こうして見ると、ロック・サウンド=歪みサウンドであり、ロックの歴史=歪みの歴史ということがよく分かっていただけると思います。
もちろんそれは今でも同じですし、これから先も変わることはありません。歪みの歴史が終わるときは、ロックが終わるときなのです。
ジャッキー・ブレンストン「ロケット88」
リンク・レイ「ランブル」
ジミー・ペイジ、リンク・レイの「ランブル」を聴く(映画『ゲット・ラウド』より)
マーティ・ロビンス「ドント・ウォーリー」